歴史
古代朝鮮時代から三国、新羅、高麗、李朝、現代までの大まかな流れをご紹介します。
- 古代朝鮮時代 (BC2333~BC108)
- BC2333、朝鮮半島最初の国、壇君(タングン、人名)朝鮮が阿斯達(アサダル、今の平壌)に建国される(伝説)。
- 続いて衛満(ウイマン)朝鮮が建国される。BC108中国を統一した漢によって滅ぼされる。以降400年間、漢の4群の設置による統治が続く。
- 鉄器、稲作文化が普及、扶余(プヨ)、沃沮(オクチョ)、高句麗(コグリョ)、三韓などの小国が生まれる。
- 三国時代 (BC108~AC676)
- 313年、高句麗が漢の支配を滅ぼす。小国分立状態から高句麗が半島北部に、百済(ペクチェ)が中部に、新羅(シルラ)が南部にそれぞれ拡大していく。
- 660年、唐の国と連合を組んだ新羅が百済を滅ぼす。667年、高句麗を滅ぼす。
- 676年、百済と高句麗の遺民と組んだ新羅が唐を滅ぼす。朝鮮半島統一国家が生まれる。
- 日本では7世紀末に倭国から日本国号へ、そして天皇制度が始まり、お互い建国が大きく飛躍した時代であるといえる。
- 統一新羅 (AC676~AC936)
- 手工業や商業の輸出によりが栄える。仏教が広がり仏国寺、石窟庵などが建設される。
- 9世紀、王位争いにより国が乱れる。地方で後百済、後高句麗が再建、後三国時代に入る。
- 938年、高麗(コリョ)により新羅と後百済が滅ぼされ併合、半島を支配する。
- 高麗時代 (AC936~AC1392)
- 巧臣、豪族による中央集権型官僚国家の建設、12世紀前半に最盛期を迎える。
- 1170年、文人中心の支配体制に武人がクーデターを実行、政権を奪取する。
- 1231年、蒙古(後の元)による侵略を受ける。都を江華島(カンファド、半島の南)に移し応戦。
- 1259年、武臣政権が崩壊、王権を回復させ和解する。元による高麗の内政への干渉が強まる。
- 朝鮮王朝(AC1392~AC1897)
- 14世紀半ば、中国で元が敗れる。これにより高麗王朝の親元派を粛正、朝鮮王朝が漢城(ハンソン、今のソウル)に建国される(1392)
- 第二代国王太宗(テジョン)と第四代国王世宗(セジョン、一万ウォン札の人)など名君の活躍により、文化が栄える。 訓民正音(ハングル)が誕生。儒教をもとにした文治国家の下、平和な時代が続く。
- 1592年、日本から大規模な侵略(壬辰・丁酉倭乱、イムジン・チョンユウェラン、文禄・慶長の役)を2度こうむる。
- 1627年中国の清が侵入してくる(丁卯・丙子胡乱、チョンミョ・ピョンジャホラン)。これらの戦いを境に、歴史は近世から近代の胎動として時代は移り変わってゆく。
- 朝鮮王朝後期
- 戦乱で荒発した中、政治、軍事態勢の再建。西人系、南人系、東人系様々な派閥にわかれる。
- アメリカ、フランスの要求をはねのけて、鎖国政策を貫く。
- 1875年、日本が軍艦雲揚号を差し向ける。開港へ。1897年、国名を大韓帝国と改める。
- 日本統治時代(AC1910~AC1945)
- 1904年、日露戦争勃発。保護条約を押し付け外交権を奪い統監が配置される。
- 1910年、日韓併合。韓国軍を解散し行政権、司法権、軍事権、警察権の剝脱。各地で保護条約に反対する反日闘争がおこる。
- 1919年3月1日、最大の反日独立運動3.1(サミル)独立運動が起こる。軍隊の投入により弾圧され、この後武力統治から皇国臣民化へと方針を移す。
- 1945年、終戦により植民地から解放。
- 民族分断~現在(AC1948~)
- 北緯38度線の南北に米軍とソ連軍が軍政を引く。1948年、半島南側に大韓民国、北側に朝鮮民主主義人民共和国が誕生する。
- 1950年6月25日、北朝鮮が南に攻め込み朝鮮戦争が起こる。
- 1953年7月、休戦成立
- 1960年、韓国初代大統領李承晩(イスンマン)が独裁統治に反対する国民運動により退陣。
- 1961年、軍事クーデターにより朴正煕が政権を行う。強権的な政治を行う一方で漢江の奇跡(飛躍的な経済成長)を成功させた。1979年に暗殺される。
- 再びクーデターによる軍人出身の大統領が就任
- 1988年、盧泰愚(ノテウ)大統領により民主化が実現。同年にオリンピックが行われ、現在への流れへとつながる。
交流
- 百済から始った国交の流れ
- 古代から盛んな交流が行われていた。百済、加羅からの影響が多く、半島から九州地方を自由に行き来されていたといわれる。三国時代初期、百済は中国から流れてくる文化を吸収して華やかな仏教文化を誇っていおり、大和朝廷と国交を結び、仏教、彫刻、音楽や舞踊などが日本にも伝えられている。当時の仏像は日本のものと類似するものも多く、熊本県では鞠智城の貯水池跡から百済のものと思われる菩薩立像が発掘された。伝えられた文化は、飛鳥、白鳳文化に大きく献上し、これらの恩恵のお返しとして百済が新羅、唐に攻め込まれた時には大和朝廷から援軍が派遣された。唐軍に負けた大和朝廷朝鮮との外交を終え、百済を追われた人々を温かく迎え入れた。
以降、統一新羅時代、高麗時代には正式な国交は行われずに、民間レベルの貿易が盛んに行われた。やがて元寇の後に倭寇が出没するようになり、密貿易や海賊活動を開始、しびれをきらした李朝は現在のプサンのあたりに3つの港を開く。倭寇の取り締まりを条件に貿易を認める。 室町幕府のとき600年以上の時を経て国交が再開する。しばらく平和に続くのだが、後に豊臣秀吉による戦が起こる。江戸時代になると、国交回復し朝鮮通信使とよばれる訪問団が訪れるようになる。明治になると事態は一変、明治政府は朝鮮の地を狙い日清戦争、日露戦争を起こし勝利、日韓併合を行う。大戦終戦後に解放、朝鮮戦争を経て1965年、日韓条約を迎える。2001年には日韓共同でワールドカップが行われた。
日常
- 年寄りを敬う儒教社会
- 最近はすたれたとはいえ、儒教の国である。年長者を敬うことを忘れない、目の前で酒やたばこはつつしむ、電車では席をゆずる、優先席は空席でもあまり座らないなどの道徳は儒教の教育からきている。女性に厳しく男性に甘いという反面もある。就職率は圧倒的に男性が高い、結婚後も他郷の人間とみなし姓が変わらない、人前や外ではたばこを吸ってはいけないなど。しかしこれらの形式を感じる必要のないところでは、とても親密な雰囲気で接し合うことが多い。
成人男性は兵役義務があり、平和に見えても休戦状態にある国であることも忘れてはいけない。また、今日では両国において個人の付き合いも広がり交流が盛んに行われているが、そこに至るまでには多くの出来事があった。必要以上に気にするのもおかしいと思うが、現地に向かうのであれば何が起きたのかを知っておくべきだとは思う。その上で親交をもつことで、開かれた時代に生きる喜びを認識できるのではないか、、と思う一方、若い人を見ているとそういった理屈抜きにすぐに打ち解けることができるのだなと実感させられる。このサイトもそのような出会いの一つに繋がればと思う。















